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福岡高等裁判所 昭和36年(ネ)164号 判決 1963年10月16日

控訴人 熊本新九郎

訴訟代理人 江口新 復代理人 前田慶一

被控訴人 福岡県知事 鵜崎多一

訴訟代理人 松隈泰彦 外一名

主文

原判決を取消す。

福岡地方裁判所行橋支部昭和三二年(ヌ)第五号不動産強制競売事件につき、控訴人のなした競買適格証明書交付申請を却下する旨の被控訴人の処分はこれを取消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は本案前の申立として「原判決を取消す。控訴人の本件訴を却下する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を、又本案につき「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

控訴代理人は、その請求の原因として

一  訴外大築商事株式会社は、昭和三十二年二月二十日その債務者である訴外末延実の所有名義である別紙目録記載の農地(以下単に本件農地という)について、福岡地方裁判所行橋支部に対し強制競売の申立をなし、同庁昭和三十二年(ヌ)第五号不動産強制競売事件として係属した。そこで同裁判所は同月二十三日強制競売開始決定をなすとともに、民事訴訟法第六百六十二条の二による売却条件として右農地に対する競買申出は、被控訴人の発布する右農地の競買適格証明書を所持する者に限りこれを許す旨の制限を定めた。

二  控訴人は前記競売に参加するため、昭和三十四年七月十七日豊前市農業委員会を通じて被控訴人に対し右農地の競買適格証明書交付の申請をなしたところ、被控訴人は同月二十五日本件農地については訴外不動実が権原に基き耕作しているとの理由により、控訴人の右申請を却下した。

三  ところでこれより先、本件農地及びその他の農地につき福岡県築上郡三毛門村及び黒土村の両農業委員会は交換分合の計画を樹立し、三毛門村農業委員会は昭和二十七年六月二十六日福岡県農業委員会に対し、当時の土地改良法第九十八条第七項による認可申請をなし、県農業委員会は同月二十九日これを認可した上同年七月三日同条第八項によりその旨を公告した。その結果本件農地の所有権は右交換分合により前記不動実に移転し、爾来同人において耕作するに至つたが、三毛門村農業委員会が所定の移転登記申請を怠つたため、本件農地の登記簿上の所有名義は現在に至るまで依然前記末延実となつている。

四  又控訴人は自作田二反八畝二十九歩、小作田一反二畝二歩、小作畑二十八歩を現に耕作し、更に本件農地を買受けて経営規模を拡大しようとするものであり、その住居と本件農地との距離は約二粁にすぎない。

五  以上の通り、本件農地の所有権が交換分合により前記不動実に移転しても、右移転はその登記のない以上これをもつて第三者である前記大築商事株式会社に対抗することができないから、本件農地は末延実の所有としてこれに対する競売手続を進行させるべきである。又不動実において本件農地を耕作していても、これを同人の小作地ないしこれに準ずべきものと見ることはできない。

更に控訴人の住居と本件農地との距離は格別遠隔ということはできず、控訴人が本件農地を耕作することにより農業生産が低下するおそれはない。したがつて控訴人は本件農地を買受けるにつき農地法第三条による被控訴人の許可を受けるに必要な要件を具備するのにかかわらず、被控訴人は単に前記理由のみに基き漫然控訴人の申請を却下したものであつて、該却下処分は違法である。よつて被控訴人のなした右却下処分の取消を求めるため、本訴請求に及んだものである。

と述べ、証拠として甲第一、二号証を提出し、原審証人森本富蔵の証言を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被控訴代理人は、本案前の申立の理由として

競買適格証明申請の却下は、これにより申請人の権利義務に何等の法律的効力をも生ぜしめるものでないから、単なる行政措置であつて、行政訴訟の対象となる行政処分ではない。すなわち競買適格証明書の交付を拒否された者は当該競売に参加することができなくなるが、これは裁判所が民事訴訟法第六百六十二条の二により売却条件として競買人の資格を競買適格証明書の交付を受けた者に限定した事実上の結果にすぎないのであつて、そのために法律上当然に農地法第三条の農地買受許可を受けられなくなるものではない。又前記の者が競売に参加できないことにより具体的に不利益を蒙るのは裁判所が同人の競売参加を現実に拒否した場合にはじめて生ずるのであつて、右拒否のなされるまでは単に抽象的且つ仮定の不利益を蒙るにすぎない。よつて本件却下処分の取消を求める控訴人の本件訴は、訴の対象を欠く不適法のものとして却下されるべきである。

と述べ、次いで本案の答弁として

控訴人が請求原因として主張する事実の内一ないし四の事実はすべてこれを認める。しかしながら

一  訴外不動実は、訴外末延実との私法上の取引等によつて本件農地の所有権を取得したものではなく、交換分合という行政処分により、旧所有地を所有し耕作する権利を剥奪され、その代りとして本件農地を所有し耕作する権利を取得したものである。したがつて右不動実は当該農業委員会が所定の所有権移転登記を申請するまでの間は、本件農地を所有し耕作する権利を取得したことを第三者に対抗し得る公法上当然の権限を与えられているのであつて、この場合私法上の対抗要件である登記を備える必要はない。

二  被控訴人は行政機関として、専ら公共の利害調節の目的にしたがつて競買適格証明申請の許否を決すべきであつて、登記による対抗力の有無のごとき私法上の事項を判断の基準とすべき立場にはない。

三  仮に登記の有無による対抗力が問題になるとしても、控訴人は本件農地につき自己のため何等正当な権利を取得している者ではないから、控訴人自ら本件農地の所有権移転につき登記の欠缺を主張する資格はない。又前記不動実は交換分合により本件農地の所有権を取得し現に耕作しているのであるから、本件農地は同人が所有権以外の権原に基いて耕作している農地法第二条第二項にいわゆる小作地ないしこれに準ずべきものと見るべきである。

四  更に右交換分合が実施された理由は、本件農地についてはこれを不動実に自作させることが、農業経営を合理化し農業生産力を発展させるのに最も適当であると認められたために外ならない。したがつて同人以外の者に本件農地についての権利を与えるならばその農業生産を低下させることは明らかである。又控訴人の住居と本件農地との距離は相当遠隔で、農耕に支障を来すことは必然である。

以上の理由により、被控訴人は控訴人の競買適格証明書交付申請を却下したものであつて、右却下行為には何等の違法も存しない。

と述ベ、証拠として乙第一、二号証を提出し、甲号各証の成立を認めた。

理由

控訴人は本件訴において、控訴人のなした競買適格証明書交付申請を却下する旨の被控訴人の処分の取消を求めているが、このような処分が行政訴訟によつて取消を求めることのできる行政処分であるかどうかについて先ず考察する。

農地の所有権を移転する場合には、農地法第三条により都道府県知事の許可を受けることを要し、この点は裁判所による農地の競売についても同様である。そこで農地の競売事件については、裁判所は民事訴訟法第六百六十二条の二による売却条件として、都道府県知事のあらかじめ発布する競買適格証明書を所持する者に限り競売を許す旨定めることとし、又都道府県知事は競買適格証明書を発布するに際し農地法第三条による買受資格を有する者にのみこれを交付することとし、競売事件の実務が一般に右取扱によりなされていることは、当裁判所に顕著な事実である。

したがつて農地の競売事件において、都道府県知事に対し競買適格証明書交付の申請をなしたのにかかわらずこれを却下された者は、当然当該農地の競売に競買人として参加することができず、民事訴訟法により一般に保障されている競売に参加する権利を奪われるわけである。このように右却下処分は、公権力の行使により国民の権利を現実に侵すものであるから、該処分が違法である場合には、訴によりこれを主張してその効力を失わしめることが当然許されるべきであつて、右処分は行政訴訟によつてその取消を求めることのできる行政処分と解するのが相当である。しからば控訴人の本件訴は適法であつて、被控訴人の本案前の申立は失当として排斥を免れない。

よつて進んで本案について判断する。

控訴人がその請求原因として主張する事実の内一ないし四の事実はすべて当事者間に争のないところである。右事実によれば、本件農地はもと訴外末延実の所有であつたが、農業委員会の行つた交換分合の結果、その所有権は訴外不動実に移転し爾来同人においてこれを耕作しているけれども、右所有権移転につき所定の登記がなされていないため、登記簿上の所有名義は依然末延実となつていることが明らかである。交換分合による所有権の移転についても、特段の規定のない以上、右移転をもつて第三者に対抗するためにはその登記を備えることを要すると解すべきであるから、右不動実は本件農地の所有権取得をもつて第三者に対抗することができない。したがつて同人は、本件農地につき前記末延実を所有者として強制競売を申立てた訴外大築商事株式会社に対しても亦所有権の取得をもつて対抗することができず、右競売手続は本件農地を末延実の所有としてこれを進行させるの外ない。そして本件競買適格証明書交付の申請につきその許否を決するにあたつても右所有関係を前提として、これをなすべきことは当然である。

次に不動実が本件農地を耕作しているのは、前記の通り交換分合により取得した所有権に基くのであるから、本件農地をもつて同人の小作地であるということはできない。又交換分合により現に耕作していても、特段の規定のない限り、農地法第三条の適用上本件農地をもつて同人のため小作地に準ずべきものと見ることもできない。最後に当事者間に争のない前記事実に、原審証人森本富蔵の証言を参酌すれば、控訴人は妻子とともに農業を営んでおり、自作小作合せて合計約四反二歩の田畑を耕耘機等を使用して耕作し、なお相当の農地を耕作できる余力のあること、ならびに本件農地は控訴人の住居から約二粁の距離にあるが、格別交通に不便な点のないことが認められる。しからば仮に控訴人が本件農地の所有権を取得してこれを耕作の用に供した場合、そのため農業生産が低下することが明らかであると解することはできない。なおこのように農業生産に対する影響を検討するにあたつては、専ら当該申請人自体につき考察すべく、これを他人により耕作される場合と比較して判定することは相当でない。

このような次第であるから、控訴人は本件農地を買受けるにつき被控訴人の許可を受けるに必要な要件を具備しているものといわなければならない。被控訴人は右の点につき種々の反論を開陳するけれども、その多くは独自の見解に立脚するものであつて、これを採用することができない。

しからば控訴人の本件競買適格証明書交付申請を却下する旨の被控訴人の処分は違法であることに帰するから、その取消を求める控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきである。

よつてこれと趣旨を異にする原判決を取消すこととし、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 池畑祐治 裁判官 秦亘 裁判官 佐藤秀)

物件目録

豊前市大字三毛門字ヨハダ七百五十三番地

一、田 八畝二十二歩

同 所七百五十五番地

一、田 三畝二歩

同 所七百五十六番地

一、田一反四畝二十六歩

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